水木しげると海外怪奇小説 PART 2
【ゲゲゲの鬼太郎編】
●「手」(ゲゲゲの鬼太郎① 朝日ソノラマ サンコミックス)
初出 週刊少年マガジン65年(昭和40年)8月1日号
→「五本指の怪物」 W・F・ハーヴィー (「世界恐怖小説全集4 消えた心臓」東京創元社 昭和34年)
「五本指のけだもの」(「アンソロジー・恐怖と幻想 第3巻」月刊ペン社 昭和46年)
"The Beast
with Five Fingers" William Fryer Harvey
(1885-1937)
水木の読んだ「手」は、東京創元社版だと思われる。有名なアンソロジー・ピース。月刊ペン社版の解説には、この短編の別ヴァージョンについての解説がある。
なお、四方田犬彦は「換骨奪胎論」(水木しげる叢書第二巻「黒のマガジン傑作集Ⅰ」青林堂、1992年)の中で、「『墓場の鬼太郎』中の優れた短編「手」は、モーパッサンによる同名の短編に依っている。」と書いているが、これは誤り。
・ハーヴィーの他の作品
「旅行時計」 「怪奇小説の世紀 第1巻」(国書刊行会 1992年)
「炎天」 「怪奇小説傑作集1」(東京創元社 1969)
→「白い手の怪」 レ・ファニュ (「世界恐怖小説全集1 吸血鬼カーミラ」東京創元社 昭和33年)
"Narrative of the
Ghost of a Hand" Joseph Sheridan Le Fanu (1814-1873)
アイルランドの作家、J・S・レ・ファニュの長編小説 ※'The House by the Churchyard'
(「墓畔の家」)の第12章にあたる部分だが、多くの怪奇小説のアンソロジーにおいて、独立した短編として採られている。ハーヴェイの手だけの幽霊のアイデアの素はレ・ファニュにあるのかもしれない。
※邦訳ありました。「墓地に建つ家」榊優子訳 河出書房新社 (2000年8月)4,900円!
(2005.3.19 追記)
●「地獄流し」(ゲゲゲの鬼太郎① 朝日ソノラマ サンコミックス)
初出 週刊少年マガジン65年(昭和40年)10月10日号
→「卵形の水晶球」H・G・ウェルズ 怪奇小説傑作集Ⅱ(世界大ロマン全集 38) 昭和33年(1958)
"The Crystal
Egg" Herbert George Wells
(1866-1946)
ストーリー的には影響されていないが、鬼太郎の「トランジスターテレビ」のアイデアは、この小説から借用されている。「火星における柱の上に載った水晶球と、ケイブ氏の手に入った水晶球とは、なんらかの物理的作用で―現在の科学では説明不可能としても―たがいに感応しあっていたにちがいない。」(宇野利泰訳)
●「水虎」(ゲゲゲの鬼太郎② 朝日ソノラマ サンコミックス)
初出 週刊少年マガジン66年(昭和41年)1月15日号
→「ハロウビー館のぬれごと」ジョン・K・バングズ (幻想と怪奇② 早川書房 昭和31年)
"The Water Ghost of
Harrowby Hall" John Kendrick Bangs
(1862-1922)
この作品は、「ハーパーズ・ウィークリー」誌の1891年6月27日号が初出。その後、数多くのアンソロジーに収録されているユーモア怪談。毎年クリスマスイヴの真夜中にハロウビー館に現れるずぶ濡れの貴婦人。当主は一計を案じ、この水幽霊を近くの湖畔に誘い出し、(クリスマスの季節!)寒さで幽霊を氷結させてしまう。水木はこのアイデアを借用して、鬼太郎の水虎退治劇に仕立てた。
なお、本作に先行する「水妖鬼」(「怪談1」日の丸文庫 65年(昭和40年)48pp))も同じ元ネタを使用。
●「おばけナイター」(ゲゲゲの鬼太郎③ 朝日ソノラマ サンコミックス)
初出 別冊少年マガジン66年(昭和41年)8月1日号
→「ダンウィッチの怪」H・P・ラヴクラフト (「世界恐怖小説全集5 怪物」東京創元社)
"The Dunwich
Horror" Howard Phillips Lovecraft
(1890-1937)
サンコミ版第3巻12ページの1コマ目(「わたしこの試合の審判よ」)って、ダンウィッチの怪物がヒントになっているのでは? 「家畜小屋より図体が大きく……全身はいくつも縄をよじったみたいなものなんだ……鶏の卵に似た形で、たとえるものがないくらいすごくでかいし、大樽みたいな脚が数十本もはえていて、歩くたびにその半数は体のなかに畳まってしまい、からだじゅうどこといって堅いところがない
― 全身がそっくりゼリーみたいなもので、さまざまにひねった数本の縄をぎゅと一本に綯い合わせたようにできていて……からだじゅういたるところに大きくもりあがった眼がついている……」(大西尹明訳)
●「鏡爺」(ゲゲゲの鬼太郎③ 朝日ソノラマ サンコミックス)
初出 別冊少年マガジン67年(昭和42年)4月1日号
→「あれは何だったか?」フィツジェイムズ・オブライアン(「世界恐怖小説全集7 こびとの呪」東京創元社)
"What Was
It?" Fitz-James O'brien (1828-1862)
「ここは 鏡爺が出るという奈良県の山おくである・・・・」 日が暮れ、廃屋に泊まった鬼太郎は、姿の見えない怪物に襲われる。ニューヨークのとある下宿屋を舞台にした本編でも、目に見えない怪物が登場する。「何かが、天井からでも、わたしの胸の上に、ドサリと落ちかかったと思うと、次の瞬間には、二本の骨っぽい手がわたしの喉をつかみ、わたしをしめ殺そうとした。」 暗闇の中での格闘の末、その怪物をはがい締めに縛りあげた主人公だが・・・。「わたしは片手を放し、稲妻のようなはやさでパッといっぱいに明かりをつけた。ついで、捕虜の顔を見ようとして、振り向いた。」「・・・わたしは今も、あの恐ろしかった瞬間を想い出すと、身震いがでる。わたしの眼には何も映らなかったのだ。」(橋本福夫訳) 原作の怪物は、残念ながら美少女ではなかったようだ。アイルランド生まれのオブライエンは、20歳でアメリカに渡り、南北戦争で亡くなった。この作品はA・ビアースの「怪物("The Damned Thing")」に影響を与えたと言われる。
●「鏡合戦」(ゲゲゲの鬼太郎⑧ 朝日ソノラマ サンコミックス)
初出 週刊少年マガジン68年(昭和43年)2月11日号、2月18日号
→「わな」H・S・ホワイトヘッド (ドラキュラ叢書⑨「ジャンビー」国書刊行会 昭和52年)
"The Trap" Henry S. Whitehead (1882-1932)
ヘンリー・S・ホワイトヘッドは、主に「ウィアード・テールズ」を舞台に活躍したパルプ作家。訳者荒俣宏は水木しげる
への素材提供のアルバイト歴がある。鏡の中に少女が囚われるアイデアだが、荒俣がアーカム・ハウス版の 'WEST INDIA
LIGHTS' を読み、水木に粗筋ノートを提供したものと推測される。
●「朝鮮魔法」(ゲゲゲの鬼太郎⑨ 朝日ソノラマ サンコミックス)
初出 週刊少年マガジン68年(昭和43年)2月25日号、3月10日号
→「ダンウィッチの怪」H・P・ラヴクラフト (「世界恐怖小説全集5 怪物」東京創元社)
"The Dunwich
Horror" Howard Phillips Lovecraft
(1890-1937)
サンコミ版鬼太郎⑨229ページ「じつは あれは わたしたちの 兄弟でして」「どういうわけか 生まれながらの 奇形児で すがたが 見えないうえに 大きいのです」
「ウィルバーはあの怪物を、そとから呼んだのではありません。あの怪物は、ウィルバーのふたごの兄弟だったのですが、怪物のほうがウィルバーよりも、異次元世界の父親によけい似ていたというわけなのです」(大西尹明訳)
●「鬼太郎夜話㊦」(ゲゲゲの鬼太郎⑫ 朝日ソノラマ サンコミックス)
初出 月刊ガロ67年(昭和42年)6月号~69年(昭和44年)4月号
→「五本指の怪物」 W・F・ハーヴィー (「世界恐怖小説全集4 消えた心臓」東京創元社 昭和34年)
「五本指のけだもの」(「アンソロジー・恐怖と幻想 第3巻」月刊ペン社 昭和46年)
"The Beast with Five
Fingers" William Fryer Harvey (1885-1937)
65年の「手」では比較的忠実に原作をなぞっていた水木だが、鬼太郎夜話最後のエピソードでは、手を鬼太郎の髪の毛に置き換えて描いている。
●「だるま」
(「水木しげる漫画大全集 029 ゲゲゲの鬼太郎①」講談社, 2013)16pp
初出 「別冊少年マガジン 夏休みおたのしみ特大号」講談社 昭和41年 (1966)
→「十三階」ウィリアム・テン (「S-Fマガジン 1966年8月号」早川書房 昭和41年)
“The Tenants “ (1954) William Tenn
テンの作品では、ビルの管理人が、ないはずの13階を貸すように迫られる。「だるま」が四階を借りるのは、
この件(くだり)のなぞりと思われる。
掲載誌の「S-Fマガジン」と「別冊少年マガジン」の発売日は、ほぼ同時期(1966年7月)と推定され、水木が
何を読んで借用したのかは不明。