水木しげると海外怪奇小説 PART 6
●「悪魔くん」
1963-64「貸本版悪魔くん」大全集047 講談社, 2017
1966-67「悪魔くん」大全集048 講談社, 2013
1970 「悪魔くん復活 千年王国」大全集049-050 講談社, 2016
1987-88「悪魔くん世紀末大戦」大全集050 講談社, 2016
1988-90「『コミックボンボン版』悪魔くん」 大全集052 講談社, 2015
1993-94「悪魔くん ノストラダムス大予言」大全集051 講談社, 2016
水木しげる「ねぼけ人生」 筑摩書房, 1982
「セリグマンの『魔法』(平凡社)を読んでいると、中に、ものすごくたくさんの魔法の話が出てくる。
ああ、昔から、人間は、幸福になるために、こんなにたくさんの魔法を考えていたのだなと思い、この本と
ゲーテの『ファウスト』をヒントに、ノート二冊分のストーリーを作って『悪魔くん』を開始した。」(p.178)
「こうまでして頑張った『悪魔くん』だったが、第一巻、第二巻の売れ行きが悪く、桜井氏も気落ちしたが、
僕は、原稿料を一冊三万円から二万五千円にさげられてがっかりした。その上、全五巻ぐらいのつもり
だったが、後はまとめて第三巻とすることになり、むりなつじまじあわせをして盛り上がりがなくなったのは、
本当に残念だった。」(p.179)
一般に、売れ行き不振で全五巻のところ、第三巻で打ち切りとした、とする説が優勢なのだが、
東考社「悪魔くん」第三巻の読者コーナー (1964) では、こんなことも書いている。
「悪魔くんは好評でしたが雀(ママ)多忙で毎月出せずにこまっておりました。五集までつづける
つもりでしたが、二、三ヶ月に一冊しか書けそうもないっ(ママ)たので三で完結にしました」
第三巻執筆直後に書かれた文章であり、これもまた真実の一面を表しているのであろう。
オーガスト・ダーレスがHPLの没後に、「死後のコラボ」(posthumous collaborations) と称し、
HPLの断片を基に書き綴った小説群がある。水木の二冊の創作ノートを発掘し、「完全版悪魔くん(全五巻)」
が復元できないものだろうか(妄想)。名義は、水木しげる&ドリヤス工場で。
< K.セリグマン 世界教養全集 20「魔法ーその歴史と正体」 平凡社, 1961
Kurt Seligmann, THE HISTORY OF MAGIC, Pantheon Books, 1948
セリグマンの「魔法」は昭和36年に世界教養全集の一冊として平凡社から刊行された。訳文が非常に読みづらい
うえ、図版は著しく縮小され、なおかつ不鮮明であり、殘念な限りである。
本書そのものを読みたい方、また水木の元絵を追求している向きは、是非、原書の入手をお勧めする。
とはいえ、水木ファンなら、苦痛に耐えつつ、世界教養全集版を読むべし。なお、2021年の平凡社ライブラリー版は
未見、水木研究とは無関係だからだ!w
…という訳で、セリグマン「魔法」から、気になるフレーズを書き出してみる。太文字は筆者によるものである。
[引用ページ番号は、世界教養全集20から]
・「もし魔ものを呼びだす人が、安全な円のなかに静かに立っていることができないで、その魔法の線
から指一本でも出したりすると、その人は、ずたずたに寸断されてしまうだろう。」(p.309)
・「契約文は、真新しい羊皮紙に書き、自分の血で署名しなければならない。」(p.311)
・「…悪魔を打ち負かすあのソロモンの鍵の呪文をとなえたりして、…」(p.312)
・「エロイム、エッサイム、われは求め、訴えたり。」(p.313)
※原文は、"Eloim, Essaim, frugativi et appellavi."
・「ファウスト博士の『偉大にして強力な海の幽霊』とは、一六九二年にアムステルダムで印刷された黒書の標題で、」(p.315)
※原文は、"Dr.Faust's Great and Powerful Sea Ghost is the title of a black book"。
・「中央の三角形は、絞首台からとった三つの鎖でつくり、打つ釘は、車裂きの刑やその他のおそろしい刑に処せられた
犯罪人の額に突き刺した釘でなければならない。」(p.316)
大全集047 「貸本版悪魔くん」p.261
・「天地万物を混乱におとしいれる地獄の魔ものよ、陰気なる住家を立ち去りて、三途の川のこなたへきたれ」(p.320)
・[魔術書The Red Dragon「赤い竜」からの引用部分。澁澤龍彦「黒魔術の手帖」(桃源社, 1961)p.7- に同様の記述あり。]
「朽ちはてし遺体よ、眠りから覚めよ。遺体より踏み出て、万人の父の名のもとに行なうわが要求にこたえよ」(p.321)
「そのあと、北に向かって正確に五千九百歩だけ離れたところで、大地に横たわり」(p.321)
「『われはなんじを求め、見ることを得ん』ととなえながら死者を呼び出す。」(p.321)
・ノストラダムス(p.339-)
「ノストラダムス大予言」(1993)で悪魔くんファミリー入りを果たす(大全集051 p.056-)。
セリグマン「魔法」では、「七人の肖像」(p.321-)の中で、アグリッパ、パラケルススらと共に取り上げられており、
医師として黒死病撲滅に携わったこと、アンリ二世の馬上試合でのエピソードなども紹介されている。
・「かれ[ギヨーム・ポステル]は『イェジラ(創造)の書』をはじめてラテン語に翻訳し、」(p.357)
※原文は "the Book of Yetzirah"。
Wikipediaの「Sefer Yetzirah」の項によれば、当該ラテン語版は次のとおり。
Postell, Guillaume (1552). Abraham Patriarchœ Liber Iezirah (in Latin). Paris: Guillaume Postell.
・「それには『ゾハル(光輝)の書』の最古の三つの断篇のラテン語訳と、」(p.358)
※原文は "the book of Zohar"。
検索すると、「イェジラ」も「ゾハル」もamazonで購入可能。知りませんでした。
・「ノヴァリスは『現世は夢になり、夢は現世になる』といっているが、これは、ローゼンクロイツの神秘な旅を想起させるための
言葉ではなかろうか。」(p.436)
※ Does not Novalis evoke the mysterious travels of Rosencreutz when saying "World becomes Dream, and Dream the
World"? (原書 p.448)
ファウスト博士の Wand (杖) と、ソロモンの"笛"。ヘブライ文字が一致。
・「かれの再生の研究の手始めは、占い棒の研究だった。」(p.454.)
実際に使われていた占い棒 (divining rod) は、ただの二股の木の枝だった。水木の占い棒は
"首狩り族の干し首"付きにアレンジして、しかも自走する。干し首については、60年代の少年雑誌
巻頭の画報でよく取り上げられていた記憶がある。
前記のとおり、貸本版悪魔くんは当初、「全五巻ぐらいのつもりだった」(「ねぼけ人生」 p.179)が、結局3巻で強制終了。
つまり、悪魔くん暗殺以降の2巻+α分の構想は生かされなかった、と考えることもできるであろう。
この「占い杖」というアイテムも、貸本版で使われなかったアイデアを後続作品に生かした一例、と
妄想してみるのも面白いかもしれない。
大全集049「千年王国」p.073
<ゲーテ「ファウスト」
水木が招集前の話として、こんなふうに書いている。
「…『ファウスト』は何回くりかえしてみてもわからなかった。」(「ねぼけ人生」筑摩書房, 1982, p.66)
水木がどの版で読んだのかは調べがつかなかったが(おそらくは、戦前の岩波版)、今回、日本の古本屋で
岩波文庫版(相良守峯訳, 1958) を入手。
HPLにLovecraft's Library: A Catalogueが、澁澤龍彦に「書物の宇宙誌 澁澤龍彦蔵書目録」が
あるように、「水木しげる蔵書目録」の刊行が望まれるところである。
ファウスト博士、メフィストーフェレス等のネーミング以外にあまり具体的な
影響は見て取れないが、気になる部分がないわけではない。
・魔女の厨 [くりや] (文庫 第一部 p.161-)
原作では、ファウストとメフィストが魔女のもとへ赴き秘薬により若返る樣子が描かれるが、
「千年王国」での、こんな場面に反映されているのかもしれない。 [個人の感想ですw]
大全集049 「悪魔くん千年王国 上」p.413
水木描くところの、1970年大阪万博 ブータン館の樣子。実際にはブータン王国は參加していない模樣。
そして・・・
< Cthulhu © HPL
邪神クルール…? クートゥルー神話、と言うよりも、ダーレス神話 (©Richard L. Tierney ) からの悪影響か。
●「悪魔くん」 「週刊少年マガジン」講談社 1966年
(「水木しげる漫画大全集 048 悪魔くん」 講談社, 2013)
悪魔くん登場 第3回(p.037-) 悪魔くんたちが草に襲われるくだりは、自作「草」(「水木しげる漫画大全集 009 火星年代記他」)の一部をリサイクルしたもの。その元はブラックウッドの「柳」(PART
3 「草」の項参照)。[2024_06_28]